※このレビューは、ネタバレに気を付けていますが、すべての要素がネタバレのヒントになる作品ですので、気になる人は鑑賞後にお読みください。
ホラー的な技法で、“異物を呑み込む”ヒロインの苦悩と成長を描いた異色の傑作。
『Swallow/スワロウ』2021年1月1日 (金)より全国ロードショー
異物を呑み込むことで快楽を得る「異食症」を患った人妻がたどる運命を描いたスリラーである。
大企業の御曹司と結婚したハンターだが、セレブの暮らしになじめず、義父母からも蔑ろにされ、孤独で息苦しい日々を過ごしていた。そんな中、ハンターの妊娠が発覚。歓喜の声をあげる夫と義父母だったが、ハンターの孤独は深まっていくばかり。そんなある日、ふとしたことからハンターはガラス玉を呑み込みたいという衝動にかられる……。
異物でなくとも、「呑み込む」という行為は、“喉(のど)越し”の快感にもつながり、食欲の重要な要素である。
そもそも映画において、喉というのは、かつてのハードコアポルノ『ディープスロート』のように性器や、そのメタファーとして描かれることも少なくない。
つまり、“異物を呑み込む”ことで快楽を得る本作の異食症が、夫や家族にも内緒の、満たされない人妻の背徳行為として描かれる点で、不倫や売春などにも通じる性的メタファーであることは明白だろう。
最初は氷を溶かさずに丸ごと呑み込む行為から始まり、ガラス玉、画びょうへと、行為を過激にエスカレートさせることは、つまり、通常のセックスでは満たされないヒロインが、次々と相手やシチュエーションを変えるのと同義といえる。
いや、呑み込む快楽とは、一人で行うものだから自慰に近いものか。
自慰行為で、体を傷つけかねない、死に至る行為に陥っていくこと自体も、日常的ではないとしても、そこまで珍しくないはずだ。
通常、この手の作品では、「背徳行為をエスカレートさせる」ことが最大の見せ場となり、「いつ背徳行為がばれるか」「どんな報いを受けるか(因果応報)」そして「最終的にヒロインがどう成長し、物語が完結するか」がストーリーのポイントとなっていく。
もちろん、本作でも、その要素はしっかりと描かれて、脚本や演出は巧みにそのタイミングをずらしながらも、観客の期待に応えている。
主演のヘイリー・ベネットの
何かが憑依したような異様な存在感
中でも、主演のヘイリー・ベネットは、製作総指揮も務めるほど、本作に入れ込み、役柄を完全に自分のものにしている。
前半では、決してセレブ妻とは思えないほどに冴えない、生気のないヒロインが、こっそり異物をのみ込むと、その瞬間、彼女の表情が恍惚とした火照った妖艶なものへと変貌し、 未知の快楽に全身を痙攣させるしぐさなど、濃厚なエロティシズムを漂わせる。
また、より危険な異物を呑み込み、死の恐怖と快楽に身悶える姿は、エクスタシーを超越し、何かが憑依したような、この世のものとは思えぬ程の異様な存在感と迫力に満ちて圧倒される。
そんな彼女の熱演だけでも一見の価値があり、彼女をとらえるカメラワークや映像美も、もはやエロティックを通り越して、ホラーの領域に達しているほど鬼気迫るものがある。
そう、本作には、エロ要素以上に、ホラー的な仕掛けが随所に施され、ヒロインと、彼女を取り巻く環境を、非日常のアブノーマルな世界へと誘うのだ。
彼女が異物をのみ込む行為に至るプロセスもそうだが、たとえば、物語の後半で夫から派遣された、ヒロインの監視役の怪しげなシリア人の男性も、ヒロインから少し離れた背後に無言で立っているだけのシーンなど、ホラーの名作『回転』や鶴田法男監督の『ほんとにあった怖い話』の幽霊を思わせるものだ。
また、さりげない日常シーンにも違和感や不安がにじんでいく演出はどこか黒沢清監督の『CURE』をほうふつさせるのは言い過ぎか。
過激な“異食症”だけではない
後半には、“異物”をめぐるサプライズ展開も
さらに、この作品がユニークなのは、「異物をのみ込むという背徳行為を過激にエスカレートさせる」だけでなく、後半では全く予想だにしない展開を見せていく点だろう。
それはこの作品が「異物を呑み込む」という要素と共に、「異物」そのものをテーマにしているからだろう。
事実、この作品には、呑み込む物以外にも、様々な“異物”が描かれる。
ヒロインの存在自体、セレブの世界になじめない、異物そのものの扱いだし、初対面のヒロインに「僕を抱きしめてほしい」と懇願する夫の同僚や、怪しすぎる監視人のシリア人男性など、違和感ありありの登場人物がぞろぞろと出てくる。何より妊娠そのものが体内の異物の象徴として、物語の重要な要素として描かれているのだ。
ヒロインは異物を呑み込むことで快楽を得て精神のバランスを保ちながら、同時に、様々な異物と向き合うことで、苦悩しながらも、自身の生き方を見つめ、成長していく。
クライマックスで、ある“異物”と出会った際の、ヒロインの表情の圧倒的な輝きを見ると、この作品の主題が見えてくるはずだ。
後半のサプライズ展開はやや強引な部分もあるが、これはヒロインの行動と内面に焦点を充て、あえて他の要素を必要最小限に抑えて、テンポよく仕上げた結果だろう。演出やカメラは、非常にしっかりとした目線で、時に美しく時に残酷に彼女をとらえ続けている。
一見するとアート映画風で、とっつきにくい作品に思えるが、“ジャンル映画の祭典”で知られるカナダのファンタジア国際映画祭で監督賞・脚本賞を受賞し、好評を博した作品だけに、地味な題材ながらもエンタテインメント作品として見ごたえがあり、賛否を呼ぶであろうラストまで飽きさせない。
アブノーマルでマニアックなテーマを扱いながらも、映画を見終わった後には不思議な爽快感に包まれるのも素晴らしい。
なかなかお目にかかれない異色の傑作として、おススメできる一作といえる。(「cowai」編集長・福谷修)
【作品情報】
『Swallow/スワロウ』
出演:ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル、エリザベス・マーヴェル、
デヴィッド・ラッシュ、デニス・オヘア
監督・脚本:カーロ・ミラベラ=デイヴィス
音楽:ネイサン・ハルパーン
撮影:ケイトリン・アリスメンディ
編集:ジョー・マーフィー
2019年/アメリカ・フランス/シネマスコープ/95分/英語/レイティング:R15+
原題:SWALLOW/字幕翻訳:平井かおり
配給:クロックワークス
公式サイト http://klockworx-v.com/swallow/
Copyright © 2019 by Swallow the Movie LLC. All rights reserved.
2021年1月1日 新宿バルト9ほか 全国ロードショー
【ヘイリー・ベネット出演作品】
KRISTY クリスティ(字幕版)
【関連作品】
昼顔 4Kレストア版 [Blu-ray]
(関連記事)