最近、筆者の周囲で『ダニエル』(公開中)の話題が出ると、決まって「ああ、あのBLっぽいやつ?」と言われる。
まあ、このポスターを見ると、しょうがないんだけど。
正確にはBLではなく、宣伝コピー的には“ブロマンス”だけど、知らない人はたぶんそっちの映画と思ってしまうだろう。
(ブロマンス(Bromance)とは兄弟(brother)とロマンス(romance)の合成語。性的な関係ではなく、男の友情物、刑事、探偵などのバディ物も含まれるという。『コマンド―』もブロマンスか)
たしかに、イケメンの青年二人が仲良くイチャイチャしているような描写はあるし、ダニエルが半裸で自分の肉体に手書きのテストのカンペを書いて教えてあげるとか、それっぽいサービスもある。
女性の観客なら、タイプの異なる美青年二人を眺めているだけでも満足かもしれないが、ジャンル映画ファンにとっては、これはもうバリバリのB級ホラーである。
ちなみに、海外のポスターを元にしたムビチケ購入特典の壁紙はこんな感じ。
BLじゃないよね、少なくとも。
さらに別の海外版ポスターでは、主人公ルークの顔が『遊星からの物体X』ばりに花びらのようにパックリ分裂してしまうポスターもある。
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気になる人は『DANIEL ISN’T REAL』で画像検索すれば、すぐに出てくる。
もはや完璧なホラーである。
とにかく見たくなった人は、今からでも遅くないから劇場に駆け込んでほしい。
ジャンル映画ファンこそ見てほしい作品だからだ。
B級ホラー・ファンに『ダニエル』を見てほしい理由①
ホラーの定番“想像のお友達”をリアルに描く
ダニエル、彼は孤独な少年ルークにしか見えない“空想上の親友”だった。
ある事件をきっかけにその存在を封印していたルークだったが、時が経ち孤独と不安に押し潰されそうになったことで、長年の封印からダニエルを呼び起こす。
唯一無二の“親友”との再会から、友情を取り戻すのに時間はかからなかった。
カリスマ性溢れる美青年の姿で現れたダニエルの助言によって、ルークの生活は一変。何もかもが順調に進み、やがてダニエルが必要なくなっていく。しかしダニエルはそれを許さず、次第にルークの精神を支配しようと動き出す─。
薄れ行く意識の中で見えたのは、“親友”の不敵な笑み。ダニエル、君は何かがおかしい。
ホラーの一ジャンルであるイマジナリーフレンド=他人には見えないお友達系の作品である。
イマジナリーフレンドが“見える”原因はいろいろあるが、主に、多重人格的な精神系と、相手が幽霊でした的な心霊系に大別される。
そして原題の『DANIEL IS’NT REAL』(ダニエルは現実じゃない)にある通り、最初からイマジナリーフレンドのネタバレをしていること、子供から青年へ主人公と共に空想上の親友も成長していることの、この二つの要素がミックスした点が新味だろう。
また、本作の監督アダム・エジプト・モーティマーも子供の頃、イマジナリーフレンドを持った経験者であり、本作の、病んだ母親に対する精神的な自己防衛としてのイマジナリーフレンドが見え始めるプロセスはリアルで説得力がある。
監督もそうだが、実際に幼い頃にイマジナリーフレンドを経験した人も、成長するにつれて、多くの人が見えなくなるという。ただ、まれに成人後もイマジナリーフレンドが消えない人もいるらしい。この作品はその辺りを入念にリサーチして脚本を書いているのだとか。
あえてタイトルでイマジナリーフレンドのネタバレをしても、それを逆手に取った脚本と演出のアイデアが秀逸で、最後まで緊張感が途切れず、ぐいぐいと物語に引き込まれる。
物語のテンポも早く、イマジナリーフレンドとの楽しいBLっぽい雰囲気もすぐに消え去り、ダニエルのキャラがあれよあれよと過激に暴走をはじめ、ルークがじわじわと追い詰められていく。
ルークが寝ている間にも人格が入れ替わり(乗っ取られ)、知らぬ間にルークはダニエルとして大暴れするなど、ダニエルによってルークの状況は加速度的に悪化し、ルークがいつ身の破滅を招いてもおかしくない(すでに周囲からは、おかしくなっていると警戒されている)心理的な恐怖感がよく描かれている。
心霊系のイマジナリーフレンドなら、除霊や悪霊退散などの物理的な解決策もあるが、こちらはあくまで自身の内面の問題なので逃げ場はなし。
見ている方もあまりの救いのない、重苦しい展開に鬱になりかねないほどだ。
B級ホラー・ファンに『ダニエル』を見てほしい理由②
二世俳優たちの悪夢的な競演
映画において、最も重要な仕事は言うまでもなくキャスティングである。
『ダニエル』の監督もまた今回、主役の二人にスター俳優の二世を起用できたことで、本作の成功を確信したに違いない。
B級映画で二世俳優を使う理由はいろいろあるが、なにより「知名度の高い名前(名字)が使えるのに、ギャラは低く抑えられる」からだ。
もっとも単に二世キャストだけで客が殺到するほど世間は甘くなく、父親、母親ゆずりの才能を発揮してやっと評価される(ただ、失敗しても、無名のキャストよりは客が呼べる保険もある)。
『ハロウィン』シリーズのヒロイン、ジェイミー・リー・カーティスは大スター、トニー・カーティスの娘である以上に、ホラー映画界では、ヒッチコックの『サイコ』のスクリーム・クイーン、ジャネット・リーの娘でもある点が大きい。
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また、ホラーなどのジャンル映画の撮影現場は理不尽な要求が多いため(ホラー監督は、女優から「なんで、わざわざ危険な場所に一人で行くんですか?」などと真顔で聞かれることが多い)、俳優によっては嫌がられることもあるが、親がそうした現場の経験があると、なんとなくうまく対応してくれそうな安心感がある。
『サスペリア』のダリオ・アルジェントがキャリアの後期において、娘のアーシアを積極的にヒロインに起用していたのも、ホラー監督の無理難題な要求に柔軟に応えてくれる(従わせることができる)、現場をスムースに回せるキャストであることも大きな要因だろう。
B級ホラーならなおさら。有名俳優を使う予算はなくても、その二世なら低いギャラでも何かやってくれそうな期待感があるのは事実だ。
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二世であることを揶揄された
病的なキャラクターたち
では、『ダニエル』はどうだろうか。
想像上の親友を生み出す、主人公を演じるマイルズ・ロビンスは、『ショーン・シャンクの夜に』など代表作多数のティム・ロビンスと、『デッドマン・ウォーキング』のオスカー女優スーザン・サランドンという演技派スター夫婦のサラブレッドである。
ティム・ロビンスと言えば、なんかいつも何かに追い詰められて、病的にやつれていく役柄の印象が強い。
つまり『ダニエル』で息子のマイルズが演じたキャラそのものである。
さらに劇中のルークの母親が精神的に病んだキャラで家庭が荒れているというのも、世間の抱くスター一家のイメージ(金持ちだけど、子供は苦労が多く、まともに育たない)と当てはまる。
つまり、そうした二世のネガティブなイメージをシニカルに揶揄されたキャラであることを承知の上で、演じているのだ。
内容も、現実と幻覚の境界線があいまいになって精神的に追い詰められていくとか、まさに父親の代表作の一つである『ジェイコブス・ラダー』っぽい(ポスター・ビジュアルも、『ダニエル』の海外版ポスターとちょっと似ている)。
もちろん二世のブランド以上に、独自の才能があるからこそ、マイルズは初主演映画ながら、本作の熱演により、第52回シッチェス・カタロニア国際映画祭で主演男優賞を受賞している。役選び、作品選びのセンスも親譲りなのだろう。
そして、もう一人の主人公であるイマジナリーフレンド、ダニエルにはパトリック・シュワルツェネッガー。ご存知『ターミネーター』以降、普通の人間はほとんど演じず、超人的なヒーローを演じ続けるアーノルド・シュワルツェネッガーの息子である。
母親が名門ケネディ家のマリア・シュライヴァーだけに、顔立ちは品があって父親よりも美形だが、劇中でしゃべると、もうまんまターミネーター口調で笑ってしまう。最初はモノマネかパロデイかと思ったほどだ。
そう、日本で“シュワちゃん”などと呼ばれる前の、何を考えているのかわからない、不気味で圧倒的な存在感の殺人マシーンを演じていた『ターミネーター』一作目の頃のシュワルツェネッガーに芝居がよく似ているのだ。
(ちなみに二世俳優の隠し芸として、著名な父親のモノマネをするというのがあるが、このパトリックも、たぶん子供の頃からターミネーターのモノマネをしていたんじゃないかと)
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ダニエルは、仏頂面のターミネーターと違って、不敵な笑みを浮かべているものの、想像上の親友ゆえに神出鬼没に現れ、予想の斜め上を行く過激な行動をサクサク実行する辺り、まさに『ターミネーター』のセルフパロディならぬ二世パロディといったところだ。
こちらもよく引き受けたものだと感心するが、父親が70歳を過ぎて衰えを見せる中、父親譲りの肉体美(細マッチョだが)を誇示して、殺気立った緊張感を最後まで維持しているのはさすがである。
普通の役者がやっていたら、どこかウソくさく見えるが、やはり人であって人ならざる超越したキャラを演じ続けた父親の血を受け継いで、“頼りになるイマジナリーフレンド”から一転して“破滅に導く悪魔的イマジナリーフレンド”への変貌を違和感なく演じ切っている。
パトリックの存在がなければ、マイルズの好演もなかったと思われるほど、二人のバランスはいい。
そういう意味ではやはりブロマンスとしても優れた作品ではないかと思える(BLじゃないけど)。
それにしても、ここまで原稿を書いてみて、なんだか父親たちの絶頂期だった頃のティム・ロビンスとシュワルツェネッガーの共演でこの作品も観たかった面もあるが、そうなればA級の超大作になったかもしれないが、今作の『ダニエル』のような奇妙で病的で中身の濃いB級ホラーにはならなかっただろう。こちらはこちらで唯一無二の作品と言えるのだ。
B級ホラー・ファンに『ダニエル』を見てほしい理由③
鬱展開を支える、異様な特殊造形とVFX
二世俳優の渾身の競演と、鬱でヘビィな展開を引き立てているのが、これまた異様なVFXやCG、特殊造形だ。
流血や暴力のゴア・シーンも生々しい迫力に満ちているが、海外版ポスターのような、顔面がパックリ引き裂かれる『遊星からの物体X』ばりのシーンなど幻覚的な見せ場も少なくない。
短いカットながら、幻想の粘着質のクリーチャーも出てくるし、『ジェイコブス・ラダー』の白い顔が高速で左右に揺れているような悪夢的なビジュアルも随所に登場して、細部にまで気合が入っている。
中でも、追い詰められたルークに、ダニエルが取って代わろうと肉体を侵食し同化していくシーン(ルークの顔にダニエルの指がのめり込む!)など、VFXのクオリティの高さもあって戦慄すること間違いなし。さながら『物体X』や『ボディ・スナッチャーズ』のような侵略系SFを彷彿させる不気味さである。
あえて難点を言えば、ラスト近くに出てくる意外な“真犯人”のデザインや造形が妙に安っぽいことか。しかし、これもまた監督の“仕掛け”じゃないかと疑ってしまう。
あくまで主役は、ルークとダニエルの二人であり、彼らを引き立てるため、わざと安っぽく描写しているのではないかと思えるのだ(実際、他のシーンのVFXや造形はクオリティが高いので違和感がある)。
この奇抜な“真犯人”をはじめ、様々な解釈が生まれるよう、監督は冒頭から細部に仕掛けを施している。
だからこそ、B級ホラーでありながらも、時にBLっぽくなったり、時にバイオレンスや侵略系SF、ファンタジーにも変異し、幻覚が侵食した悪夢的ビジュアルから、精神世界のヒューマンサスペンス、果ては結局、心霊系ではないかと疑わせる部分もあったりで、観客はついていくだけでも一苦労の内容の濃密さだ。
こうした監督の尋常ならざるこだわりによる、ごった煮感覚の中から、ひと際妖しい輝きを放つのは、二世俳優たちと、そこから生まれるイマジナリーフレンドの精神崩壊的な恐怖であることは間違いない。
(福谷修)
Story
両親の離婚により孤独な幼少期を過ごしていたルーク。唯一の心の支えは、自分以外には見えない“空想上の親友”ダニエルだった。しかし、ある事件によって母親からダニエルと遊ぶことを禁じられたルークは、自ら彼を封印することに。時は経ちルークは大学生になるが、際立った才能もなく人付き合いも苦手なことから、鬱屈とした日々を送っていた。加えて精神病を患っていた母親の症状が悪化し、自分も同じようになるのではと不安が高まっていく。ある日カウンセラーに悩みを打ち明けたルークは、かつての“空想上の親友”の存在が助けになる可能性を助言され、長年封印していたダニエルを呼び起こす。再会から瞬く間に友情を取り戻す二人。内気で冴えないルークとは異なり、美しく自信に満ち溢れた青年の姿で現れたダニエルは、「僕は君の一部だ」と優しく寄り添い、力強く刺激的な言葉でルークの背中を押し続ける。彼の言う通りにすれば何もかもうまくいき、やがてルークの生活は一変。大学の授業も魅力的な女性とのデートも順調に進み、自信をつけたルークは別人のように成長するが、同時にダニエルを必要としなくなっていく。しかしダニエルはそばを離れようとせず、次第にルークの心身を支配しようと“侵食”を開始する。眠るルークの口元をゆっくりとこじ開けるダニエル、日に日に自分が自分でなくなっていく感覚に怯えるルーク。どんなに叫んでも傍らで不敵に笑うだけの“親友”が、ルークを極限状態まで追い込んでいく─。果たしてダニエルとは、一体何者なのか?
製作:イライジャ・ウッド
監督・脚本:アダム・エジプト・モーティマー
キャスト:マイルズ・ロビンス、パトリック・シュワルツェネッガー
配給:フラッグ
公式サイト:danielmovie.jp
公式Twitter:@danielmoviejp
©2019 DANIEL FILM INC. ALL RIGHTS RESERVED. 【R15+】
2021年2月5日(金)より
新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネクイント、グランドシネマサンシャイン(池袋)ほか全国公開!
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