映画プロデューサーのN氏は新人の頃、ある時代劇映画のアシスタント・プロデューサーを任された。
「この映画のプロデューサーがケチでね。もう予算を削るのに必死だった。だから当時は当たり前だったお祓いもやらなかった。さすがに、それはまずいんじゃないかって思って反対したけど……」
脚本を読む限り、因果応報めいたストーリーは少し怪談っぽさが漂っていた。しかし、あくまで見せ場はチャンバラ・アクションだったため、「これは怪談じゃないから、お祓いの必要はない」と言い張るプロデューサーに押し切られた。
しかし実際に撮影が始まると、現場ではカメラが突然動かなくなるなどのトラブルが頻発した。見かねたN氏は知り合いの神主に頼んで、自腹でお祓いをしてもらった。
「それでもトラブルは収まらなかったんです……」
照明の電球が破裂したり、バッテリーがショートして火災になりかけたり、女優が高熱にうなされて入院したりと、いよいよ撮影に支障が出るようになった。
プロデューサーと撮影を続行するかどうか話し合っていると、スタジオに立てられたスポットライトが突然倒れて、助監督の顔を直撃した。
助監督の顔面は血まみれになった。幸いまぶたの上を切っただけで失明は免れたが、その傷口が赤紫色に腫れ上がり、右目にかぶさるまでになった。
その助監督の顔を見て、N氏ははっとなった。
原因の一端に気付いた彼はプロデューサーに詰め寄った。
プロデューサーは観念したように真実を打ち明けた。
実はこの作品の企画の発端は、有名な「四谷怪談」だった。しかし過去に何度も映画化されて、手垢にまみれた怪談を今更映画化しても、観客にそっぽを向かれるだろうとプロデューサーは判断した。それなら「四谷怪談」であることを隠して、もっと派手なチャンバラが売りの新しいアクション時代劇に作り替えればいいということなり、脚本の大幅な手直しが行われ、脚本のクレジットからも「四谷怪談」のタイトルや、作者・鶴屋南北の名前は削除された。
「……たぶん、そうした行為そのものが祟りを呼んだんでしょうね」
N氏の説得で、スタッフとキャストは、「東海道四谷怪談」のお岩さんが祀られ、「四谷怪談」が撮影される際には必ず関係者が参拝するという都内の神社へ行き、改めてお祓いを受けた。
その後の撮影はスムースに行われたという。
(「怪異フィルム」より。画像はイメージ)