日本でもブームを巻き起こした名作テレビドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」で一躍国民的スターとなったイ・ヨンエが、パク・チャヌク監督作『親切なクムジャさん』(05)以来、実に14年ぶりにスクリーンに復帰し、注目された『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』が9月18日より新宿武蔵野館などで公開され、口コミで話題を集めている。
六年前に失踪した幼い息子の行方を追う母親の苦悩を描いたサスペンスなのだが、ヤフー・レビューでも平均3.92の評価(9月21日10時現在)。ジャンル作品としては概ね高評価と言える。低い評点を付けている人も、「見ていてつらい」という声や、後半の怒濤の展開に戸惑う声もあるようだが、作品自体の高いクオリティを認めている人は少なくない。
過去に子供の失踪や誘拐を扱ったサスペンスは数多く、もはやミステリー、サスペンスにおいて一ジャンルを築いているにもかかわらず、なぜ『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』は特異な輝きを放つのか。その裏側を検証してみた。
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大どんでん返しをはじめ、脚本の巧みな仕掛け
通常この手の失踪物のミステリーやサスペンス作品は、「失踪相手を発見する」ことがメインとなり、その後の展開はオマケになることが多いが、この作品ではあえてそのパターンを崩している。
すべてがネタバレになるから詳しく書かないが、ヒロインが息子と思しき子供を見つけてからが、がぜん面白くなるのだ。
「面白くなる」と書くと不謹慎なほど、ストーリー自体は社会派ミステリーあるいはヒューマンサスペンスとして成立するほどしっかりしている。
近年も世界的に頻発している子供の失踪・誘拐事件を背景に、ヒロインを取り巻く細部のディテールは徹底的に掘り下げられている。また、失踪に関与する疑惑の人々も、決してサイコパスではないし、『悪魔のいけにえ』などのホラーのモンスター家族でもない。
この辺りは、ヒロインや共演者たちの抑制された演技力と相まって、非常にリアルで、子を持つ親でなくとも見ていて胸が締め付けられる。
しかし、あえて重苦しいヒューマンサスペンスとしても成立できるクオリティのストーリーながら、同時に、観客をハラハラさせるエンタテインメントとしても様々な仕掛けを細部に施し、観客を全く飽きさせないジェットコースター感覚の映画に仕上げて、あまつさえ、クライマックスでは、カタルシスまで生み出す離れ業は、今やジャンル映画で世界をリードする韓国映画界の実力と見ていいだろう。
極めつけはラストの大どんでん返しである。
一歩間違えれば、物語を破綻しかねない大技だが、言われてみれば実に巧妙に伏線が貼られ、考えれば考える程、この大どんでん返し以外の物語の着地点はないとさえ思えてしまう。
正直なところ、異なる方向性の映画数本を凝縮したような内容ゆえに、戸惑う声も理解できるが、その密度の濃さや意外性をぜひ劇場で(三密は避けつつ)楽しんでもらえればと思う。
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キャストが濃すぎる
主演のイ・ヨンエは『親切なクムジャさん』以来、14年ぶりの主演映画。監督が執筆した脚本を、自ら復帰作として選んだという。しかし、ブランクに対する気負いは感じられず、都会暮らしのごく平凡な中年の主婦をきわめて自然に演じている。
プライベートでも二児の母という彼女ゆえに、息子の失踪に苦悩し、精神をむしばんでいく様にも説得力が感じられ、息子と思しき子供の手がかりを見つけると、我を忘れて、行動をエスカレートさせていくあたりにも多くの観客が応援したくなるはずだ。
一方、失踪に関与したとみられる人々は、ヒロインとは対照的な郊外の貧困層。それぞれに事情を抱えて、集まってきており、こちらのキャストも、脚本のイメージがそのまま具現化されたような一癖も二癖もある面々で、幾度となく観客の神経を逆なでする(非協力的な警察署長にドラマ「梨泰院クラス」のユ・ジェミョン)。子供への虐待シーンは、演技とわかっていても、誰もが「胸糞悪い」「見ていてしんどい」と思わせる迫真さだ(エンドロールで「虐待は一切行われていません」と注釈が入るほど)。
彼らのリアルすぎる存在が、都会のか細いヒロインの苦悩を際立たさせると共に、ヒロインの行動が異常にエスカレートする後半では、むしろ彼らの方が「まとも」に見えてくる一面もあり、その逆転性も面白い。
何度も書くが、単なるモンスター家族やサイコパスなら、ここまでの生々しい緊張感は生まれないだろう。身近にも潜んでいそうな、どこか怪しく不気味な人々。そして、どこにでもいる平凡な主婦がそんな異常な状況に、孤立無援で放り込まれたら……誰もがぞっとする思いを、徹底した演出のリアリズムと、キャストの濃すぎる存在感で、観客をいやがうえに物語に引き込んでいく。
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逆境で際立つヒロインの魅力と映像美
監督のキム・スンウはこれが長編デビュー作。前半のドキュメントタッチの重苦しさ、後半の怒濤の展開では一転してエンタメ演出を駆使して、観客をあっと驚かせる。この辺りの新人らしからぬ振り幅の広さは、短編映画で経験を積んできたことも要因だろう。
また、ライティングを生かした映像美で、ヒロインの繊細な内面をとらえている点も好感が持てる。
イ・ヨンエも、監督の意図に応えるように、前半は日々の生活と息子の捜索に疲れ、やつれた中年の主婦を淡々と演じ、後半、追い詰められてからは、体を張った熱演の連続。アクションとは軽々しく言えない程のハードなシーンを演じているのだが、逆境に立てば立つほどほど、がぜん、彼女の美貌と魅力に磨きがかかっていくのだ。鬼気迫る演出と合わせて、この手のジャンル映画で最も大切な要素を監督は見事に踏襲しており、実に見ごたえがある。
そして、大どんでん返しとなる水辺のシーンでは、自然光を生かした映像美の中で、ヒロインの母性としての美しさも極限まで際立ち、圧巻だ。
終わってみれば、ヒロインの魅力と、監督の計算された演出と仕掛け、映像美にすっかりハマってしまう本作。できるだけ大きなスクリーンで堪能したいところだ。 (福谷修)
予告編
【作品紹介】
【解説】
韓国で記録的高視聴率を獲得し、日本でもブームを巻き起こした名作テレビドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」で一躍国民的スターとなったイ・ヨンエが、パク・チャヌク監督作『親切なクムジャさん』(05)以来、実に14年ぶりにスクリーンに復帰。私生活での結婚、子育てを経て、映画復帰第一作に選んだのは、愛と復讐の母性サスペンス。待望のカムバックを受け、韓国では BOX OFFICE 初登場、韓国映画ナンバーワンのヒットを記録した。
【ストーリー】
看護師として働くジョンヨン(イ・ヨンエ)は、夫ミョングク(パク・ヘジュン)と共に、6年前に失踪した息子ユンスを捜し続けていた。捜索途中に起こった悲劇的な事故の後、憔悴しきった彼女の元に「ユンスに似た子を、郊外の漁村で見た」という情報が寄せられる。しかし、漁村へとやってきたジョンヨンの前に立ちはだかったのは、釣り場を営む怪しげな一家だった。口を閉ざす村の人々、非協力的な地元警察。この村は何かがおかしい…。
CAST
イ・ヨンエ
ユ・ジェミョン
イ・ウォングン
パク・ヘジュン
STAFF
監督・脚本:キム・スンウ
プロデューサー:パク・セジュン
製作:26 COMPANY
トロント国際映画祭 ディスカバリー部門正式出品
シカゴ国際映画祭 正式出品
ロッテルダム国際映画祭 正式出品香港亜州電影節 正式出品
2019 年 / 韓国映画 / 108 分 / 字幕翻訳:朴澤蓉子
提供:マクザム / 配給:ザジフィルムズ、マクザム PG-12
オフィシャルサイト
https://maxam.jp/bringmehome/
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