【レビュー】実話を踏み台にして描く重量級の衝撃。圧巻のラストまで片時も目が離せない、とんでもない作品だ。『聖なる犯罪者』1/15(金)公開

レビュー 映画



実話の映画化、第92回アカデミー賞外国映画賞のノミネートという実績も立派なんだけど、見るまでは、なんとなく堅苦しくて、派手さに欠ける、地味な作品の印象があった。

しかし、やっぱり映画は見てみなければわからない。
ここ数年で、最も「見る前」と「見た後」のギャップが激しい作品だった。

宣伝的には難しい作品だろう。
ただ、一言で言えば、滅茶苦茶面白い!まあ、びっくりします。



少年院に服役中のダニエルは、前科者は聖職に就けぬと知りながらも、神父になることを夢見ている。仮釈放となり田舎の製材所で職を得たダニエルはふと立寄った教会で、新任の司祭と勘違いされ、司祭の代わりを命じられる。司祭らしからぬダニエルに村人たちは戸惑うが、徐々に人々の信頼を得ていく……。

© 2019 Aurum Film Bodzak Hickinbotham SPJ.- WFSWalter Film Studio Sp.z o.o.- Wojewódzki Dom Kultury W Rzeszowie – ITI Neovision S.A.- Les Contes Modernes



ストーリー自体は、いわゆる“ニセ○○”物というジャンルで、目新しさはない。
ニセ医者にニセ教師、ニセ教祖。日本でも『男はつらいよ』で寅さんが僧侶になっていたっけ。身分を偽るという意味では“潜入捜査官”やら“影武者”なんかもそう。映画の定番である。

事実、本作の脚本家によれば、地元ポーランドでは、こうしたニセ神父の事件は毎年のように起こるほど珍しくないという。
つまり作り手も新味がないことは百も承知で、それでもあえてこの題材を選んだのが面白い。

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監督は本作が3作目となるポーランド出身のヤン・コマサ。
長編デビュー作『スーサイド・ルーム』(11)は第61回ベルリン国際映画祭パノラマ部門に正式出品、続く第2作『リベリオン ワルシャワ大攻防戦』(14)は本国ポーランドで大ヒットを記録。そして、本作の後の最新作『ヘイター』(20/Netflixにて配信中)はトライベッカ映画祭のインターナショナル・ナラティブ部門で最優秀作品賞を受賞する快挙を成し遂げ、今世界で最も注目される若き監督の1人となった。
そんな注目株だけに、なぜ今この“ありがちな”題材を選んだのか、鑑賞前は疑問に思っていた。

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しかし鑑賞後はもちろん納得。
ありきたりの題材で傑作を作るには、よほどの演出と脚本の力量がなければ成立しないのだ。
そして本作はそれを見事にやってのけている。
たとえるなら、トリックのわかった手品で、人を驚かせるのと同じである。よほどの自信と才能がなければできない所業である。

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もちろん、この作品でも“ニセ○○”物のお約束である、何度も訪れる身バレのピンチに、主人公がどう乗り切るかが見せ場として描かれるし、村で起きた事件などは脚色されているものの、主人公の司祭としての身の振舞いなどは、モデルとなった実在の人物のそれが色濃く反映されているという。

主人公のニセ司祭ぶりの奮闘を通じて、“お仕事物”や“実話物”としても楽しめる要素もあるにはあるのだが、しかし、この作品が凄いのは、そうした実話の要素から逸脱した部分にある。

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監督は絶対にそっちがメインに描きたかったのだろう。
つまり“聖者ではない”主人公の素顔の暴走こそ、才気みなぎる映像センスや、一見地味ながらも大胆でトリッキーなストーリー・テリングと相まって異様に際立つのだ。

冒頭の少年院のシーンから、ワンカット撮影による殺伐とした緊張感で、見る者の肝を冷やす。
出所後も予想だにしない展開がたて続けに起こり、なんでもないシーンにも巧みに伏線が貼られており、全く気が抜けない。

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何度も書くが、基本のストーリーは実話を元にした“ありきたり”なんである。なのに、なんなんだ、このジェットコースタームービーのような面白さは!

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村で起きた事件を象徴として、生と死、善と悪、実話の重さとフィクションの過激な過剰さが、絶妙に絡み合い、主人公の行動は二転三転し、まじめな言動の後に、暴力やらセックスやら酒&ドラッグなど、聖人とは真逆の行動に切れ味鋭く遠慮なく突っ走る。

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あえてモノローグ(心の声のナレーション)を一切つかわず、主人公の言葉や表情だけで観客にはその内面を探らせようとするが、結果として、主人公が犯罪者なのか、聖者なのか、見ていくうちに、どちらが真実かわからなくなる感覚に陥っていく。

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これは主人公と対峙する村人たちも同様だろう。
主人公の奇行の数々に、村人も薄々「おかしい」と思いながらも、なんとなくその異質なキャラクターに振り回されながら、いつしか魅了されていくのだ。

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人格破綻すれすれの絶妙なリアリティで主役を務めるのは、28歳のバルトシュ・ビィエレニア。
「少年院出身のダニエル」と「司祭トマシュ」という真逆の人物像を息もつかせぬ緊張感をもって演じきり、第55回シカゴ国際映画祭、第30回ストックホルム映画祭にて主演男優賞受賞を受賞し、第70回ベルリン国際映画祭では若手俳優に与えられる2020ヨーロピアン・シューティングスターにも選出された。
さすがの演技力と存在感で、監督の意図に見事に応えている。

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聖者か犯罪者か、善悪の境界線があいまいのまま、過剰にエスカレートする展開がピークに達するのが、物議を醸したラストだ。
このラストにこそ、作り手が伝えたかった本当の意図が凝縮されているのだろう。

実話の映画化という地味な作品を見に来たはずが、とんでもない異様な作品を見てしまったと、エンドロールではあ然として頭が混乱してしまう。

しかし、冷静にその後も何度も何度も映画を思い出すと、それらの破綻すれすれの衝撃の要素一つ一つがパズルのピースを埋めるようにストーリーラインにピタリと収まっていくのだ。

そして、あのラストの主人公の表情が、その完成したパズルの画の中にじわりと浮かび上がる。もはや完全にホラーの領域である。

決してジャンル映画ではないかもしれないが、そこいらのジャンル映画が束になってもかなわない重量級の衝撃作。ぜひとも大きなスクリーンで見ることをお勧めしたい。  (福谷修)





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【作品解説】

本作『聖なる犯罪者』は2019年ヴェネチア国際映画祭内のベニス・デイズ部門でプレミア上映され、その後、ポーランドのアカデミー賞とされる「2020 ORL Eagle Awards」で監督賞、作品賞、脚本賞、編集賞、撮影賞ほか11部門の受賞した。
以降、世界中の映画祭を席巻し、作品賞、監督賞、主演男優賞を中心に計49の賞を獲得。遂には、ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』やベドロ・アルモドバール監督『ペイン・アンド・グローリー』と肩を並べて第92回アカデミー賞外国映画賞にノミネートされた。
ポーランド代表作品がノミネートされたのは前年の『COLD WAR あの歌、2つの心』(18)につづいて2年連続の快挙となった。
日本では、2021 年 1 月 15 日(金)よりヒューマントラストシネマ 有楽町、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイントほかに公開。過激な内容から映倫指定はR-18。





【作品情報】

監督:ヤン・コマサ
出演:バルトシュ・ビィエレニア、エリーザ・リチェムブル、アレクサンドラ・コニェチュナ、トマシュ・ジィェンテク
2019年/ポーランド=フランス合作/ポーランド語/115分/R18/5.1chデジタル/スコープサイズ
原題: Boże Ciało 英題: Corpus Christi 字幕翻訳:小山美穂 字幕監修:水谷江里 後援:ポーランド広報文化センター 配給:ハーク
© 2019 Aurum Film Bodzak Hickinbotham SPJ.- WFSWalter Film Studio Sp.z o.o.- Wojewódzki Dom Kultury W Rzeszowie – ITI Neovision S.A.- Les Contes Modernes

公式サイト:hark3.com/seinaru-hanzaisha

2021年1月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか
全国順次公開



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